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「前田藤四郎の技法について」

(志野和男氏によるワークショップ記録より)


前田藤四郎は何よりも生活において楽しみを見つけることの名人であったと伝えられています。ご本人も自ら「どこか楽天家なところがあり、 あまりものを苦にしないところがある」と語っています。大阪府立現代美術センターでは、この前田氏と生前、 親交の深かった志野和男氏によるワークショップを開催しました。志野氏ご自身も版画家として、 ペーパースクリーンという独特の技法で作品を制作されています。前田氏が亡くなってから、その遺品の整理もされてきた志野氏にとって、 前田氏の版画に対する姿勢は大いに参考になったようです。ここでは、志野氏がワークショップにおいてお話された前田氏の技法についてご紹介します。



<スカタン>(1983年)という作品があります。これは椅子を真っ正面からとらえている作品で、とてもシンプルな出来上がりです。 椅子の陰影が写実的に表現されていますが、木版として版木を彫って陰影を付けるのも一つの手法ではあるのですが、 前田氏はフロッタージュの技法を多いに用いることで、柔らかい陰影を出しています。ちょっとした厚紙を椅子の形に切って貼りつけ、 そこにできる段差を利用しています。志野氏が実際にこの作品を再現したときのエピソードからも、 前田氏は何か特別に技巧的なことをしているわけではないことが分かります。前田氏の他の作品<デート>(1976年)でも、 簡潔な形の繰り返しと色遣いでうきうきとしたリズムが出ています。ここでも前田氏は厚紙を重ねて貼り、その凹凸を利用しています。

これら作品に見られる前田氏の工夫は、日常にあふれるものも、想像力を働かせることでまったく違った表情を生み出すのが可能であることを教えてくれます。 ワークショップでは、実際に、拓本用の墨やクレヨンなどを使って、厚紙で凹凸をつくった版を刷ってみました。参加者は各々、ちょっとした厚紙や、 大きさの異なるいびつな円形が浮かび上がった壁紙の切れ端、段ボール紙の波形、ざらざらとした表面を持つサンドペーパーなどを切ったり重ねたり、 または凧糸の切れ端や、細い針金を結んだり曲げたりしながら思い思いの絵を描いていきました。ビルが立ち並ぶ風景を描く人もいれば、 特に意味をつけずに抽象的な形を組み合わせる人もいました。参加された方々は、出来上がった作品に、厚紙を使っただけなのに思いのほか立体的にビルの陰が表現されて満足されたり、 想像した効果よりはるかに面白い表現に仕上がったのを見て楽しんだりと、それぞれ発見がありました。

ワークショップにて体験しているところ 生徒さん達の作品

最後に志野氏は、日常的な素材をいかに工夫するかで、大いに版画が楽しめるということを説明されました。何か特別な素材ということもなく、簡単に手に入るものばかりを使った点を強調し、 いかに自由な発想で工夫するかが面白いのであるとワークショップを締めくくりました。いかに素材本来の使い方にこだわらず、物自体が持っている凹凸を利用し、 どう組み合わせていくか、なのです。この視点は、ユーモアを忘れず、常に創造的な作品を生み出した前田氏の、ちょっとした制作の秘訣といえるかもしれません。




※ ワークショップ開催データ
「版画の技法あれこれ講座」
日時:2003年7月19日(土)13:00〜16:00
会場:大阪府立現代美術センター 展示室B




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